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猜疑 

自転車泥棒のチェックで
一日に2度、同一の警官につかまったことのある玄鳳です。

司法の世界では「疑わしきは罰せず」と言いますが、
警察では「疑わしきは疑え」ですね。
疑うことが仕事なので仕方ないのでしょうが・・・

というわけで(?)今回のテーマは「疑心」です。



涼州の馬超が韓遂らとともに、中原を支配する曹操に対して反乱を起こしたときの話です。
韓遂は馬超の父・馬騰と古くからの盟友関係にあり、深い結びつきがありました。
曹操の策謀の士・賈詡は、その馬超と韓遂の仲を引き裂く計略を立てました。

曹操は韓遂と会見する機会を設け、
その席上で軍事とは関係のない昔話などで盛り上がってみせました。
それを遠目に見ていた馬超は不思議に思い、
「曹操と何を話していたのだ」と韓遂に尋ねます。
実際、特別な話をしなかった韓遂は「特に何も話してない」と答えましたが、
馬超に疑念を生じさせることになってしまいます。

他日、曹操は韓遂に書簡を送りました。
その書簡に、消したり書き改めたりした箇所をたくさん作っておいたところ、
それを見た馬超は、韓遂が他人に見られてはまずい内容を曹操とやり取りしているのでは、
とますます疑いを抱くようになりました。

こうして猜疑心を抱くようになった馬超と韓遂は、曹操に敗北を喫しました。



一旦、人を疑い始めると際限がありません。
どんなに冷静な思考ができていても、疑心暗鬼に陥ってしまうと抜け出すのは大変です。
この馬超の場合、どのような対処策が考えられたのでしょうか。

そもそも、これより先に馬騰は韓遂と不仲になっています。
したがって子の馬超は、韓遂と手を組んだとはいえ、
はじめから彼を信頼していなかったことが考えられます。



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コメント

お邪魔します

こんばんは。關龍白です。
フラフラ調べ物してたらたどり着きました。

警察に就職した知人によりますと取調べでは「疑わしきは容疑者の利」だそうです。

確か韓遂は馬騰の妻子を殺害してましたね。
それの妻子が馬超の実母と実弟であれば
韓遂を最初から信用してなかったでしょうね。
馬超の対応は難しいですね。
人質を取るにも時期を逸しているでしょうし。
むぅ~。
これは賈詡の策の見事さにつきますね。

ようこそ

こちらではコンセプトをしっかり持たせたブログを作っていく予定です。

馬騰と韓遂にそういったいきさつがあるので、馬超が韓遂を信頼していなかった可能性は高いのですが、だったらそもそも手を組まないんじゃないのかとも思います。
また馬超は、馬騰が都にいる間に反乱を起こしているので、実は親子の繋がりが希薄だったことも考えられます。
難にしろ、賈詡はこの辺りの人間関係の微妙さを知っていたような気がします。根拠はありませんが

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