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数の計算をして負ける 

数の計算だけでは、人の心は計れません。

あまりにも当たり前な教訓ですが、
いざ欲望や恐怖に苛まれたとき、
人は目先の数字に惑わされてしまい、正常な判断ができなくなります。
そうでなくても、人の気持ちがどう動くかを正確に判断することは容易ではなく、
ついつい表面上の合理性ばかりを追ってしまうものです。

今日のエピソードは、
数の合理性と兵士の心(士気)をどう判断するかという命題を、
実に見事に投げかけてくれる正反対の2つの事例をご紹介します。



曹仁の場合
曹仁が江陵に駐屯していたとき、周瑜率いる軍勢が来襲しました。
まず先鋒隊数千が江陵に到着すると、
曹仁は牛金に三百人の兵をつけて迎撃させました。

しかし、多勢に無勢、牛金部隊はすぐに包囲されてしまったのです。
それを眺めていた曹仁はすぐさま武装して自らが牛金部隊の救援に向かおうとします。
すると、側近の陳矯らが慌てて止めに入って言いました。
「敵の兵数は多く、意気盛んです。
 三百の兵を助けようとすれば、被害はもっと大きくなります。」

曹仁は聞く耳持たず、直属の精兵数十騎のみを率いて城外へ飛び出し、
怯むことなく牛金部隊まで直進したのです。
曹仁が包囲網を突き崩すことで、牛金らは脱出することができました。

これにより、全兵士が曹仁の勇敢さに心服しました。


公孫瓚の場合
袁紹軍に追い詰められた公孫瓚が、易京で篭城をしていたころのこと。

そのころ、公孫瓚の配下の将で、敵軍に包囲された者がいましたが、
公孫瓚は救援を出さずにこう言いました。
「一人を救援する前例ができると、他の将は救援を頼りに本気で戦わなくなる。」

その結果、袁紹軍が侵攻してくると、
国境付近の部隊は自分たちに勝ち目がないと判断した途端、
あっという間に撃破されてしまいました。
救援が来ないことを知っているために全く士気が上がらなかったのです。



「窮鼠、猫を噛む」という言葉があるように、人は追い詰められれば強くなります。
しかし、敵に包囲されながらも戦いを続けるのは、
救援がやって来ていつか助かるかもしれない、という期待があるからこそです。
公孫瓚は何だかんだと理由をつけていますが、
ただ被害が大きくなることを避けたかったのでしょう。

兵数のみの損得で考えれば、
少数部隊を助けるより見殺しにしたほうが被害が小さくて済むように思えます。
しかし、士気はそれでは上がりません。

曹仁のような行動は勇気が要りますが、
せめて人がどう感じるかを読み取れるだけの感性は持っておきたいですね。

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コメント

背水

公孫瓉は背水の陣の故事を期待したのでしょうが、韓信の例をみればそれだけでは駄目なんですよね。
そういえば曹仁に限らず、張遼や趙雲らこの時代の将は部下が危機に陥ると救いに戻りますね。

人に希望を与えられない人物は時代に取り残され不必要なんでしょうね。

指揮官

コメント、ありがとうございます。
たとえ後がなくても、降伏という選択肢が残っていては意味がありませんよね。
司馬遼太郎氏が言うように、軍隊の強さはそれを支える大将のに対する畏怖の念も大きな要素です。

希望!
この人なら!っていう想いを抱いてもらえる人は強いですね。

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