FC2ブログ

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

曹操の一夜城 

一夜城というと、豊臣秀吉の墨俣一夜城が有名ですが、
実は曹操も一夜城を築城しています。
さすがは、軍事の天才です。



曹操自らが遠征に赴いた、馬超討伐戦でのお話です。

曹操軍は渭水を渡るたびに馬超の騎兵隊に襲撃され、
陣営を築くこともできず、侵攻の糸口をつかめずにいました。
おまけに土地は砂礫が多く、砦を作ることができません。

そのときに婁圭が献策しました。
「今は寒い時期ですので、
 砂を積み上げて夜のうちに水をかければ城壁ができあがるでしょう。」

その優れた献策を採用した曹操は、
夜中に兵を渡河させて城を作らせ、
明け方には砂が凍結した硬い城壁を完成させたのでした。
おかげで曹操軍は全員渭水を渡河することができました。



河を渡るという行為は、軍隊が無防備になる状態の一つです。
迎え撃つ側としては、(馬超のように兵力で敵に劣る場合は特に)
渡河している最中に攻撃するのは理にかなった戦い方です。

春秋時代の宋の襄王は、
「無防備な相手に攻撃を仕掛けるのはフェアじゃない!」
ということで、敵軍が全て渡河し終わってから攻撃を仕掛けて敗れました。
この故事から、無用な情けを「宋襄の仁」と呼びます。

話が脱線しましたが、
それだけ敵前で渡河するのは危険を伴う行動なのです。
したがって、陽動作戦を使うなど様々な方法を試みるわけですが、
この凍結一夜城の作戦は実に見事です。

氷点下では水は凍る、というのは誰もが知識としては知っていますが、
それを実際の必要性に応じて役立てるのは、おいそれといきませんね。
この話がどこまでが事実かは分かりませんが、
こういうのを「知恵」と呼ぶのでしょう。

ランキングバナー
↑クリックして私にもお知恵をお貸しください~(笑)お願いします。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://genhou394.blog79.fc2.com/tb.php/22-251161dc

太閤記・第2話~墨俣一夜城の真相!?

太閤記ですが、今回は墨俣一夜城で、秀吉役の中村橋之助はたった2日で石田三成からあれだけ切り替えて演じているのですから流石です。墨俣一夜城といっても、別に一夜明けたら、斎藤軍が「昨日無かったのに、あんなところに城が!!」などといった感じでは無いようです。今

  • [2006/11/19 01:15]
  • URL |
  • 一言居士!スペードのAの放埓手記 |
  • TOP ▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。