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家を焼かれる頑固親父 

「こだわり」という言葉のニュアンスが、
若い世代と年配の世代とでギャップがあるという話を聞いたことがあります。

年配の方は「こだわる」という言葉に、
頑固で偏屈で融通が利かない、といったマイナスのイメージに捉えやすい一方で、
若い人は、個性的で自分の意思を持って妥協していない、
というプラスのイメージの言葉として捉えやすいのだそうです。
社会の変化や、それぞれが受けてきた教育の変化が原因にあるのでしょう。

さて、年配者の言われるところの「こだわる」頑固者とは、
おそらくこういう人のことを言うんではないかなぁ、
という例を三国志からご紹介しましょう。
テーマはそのまま「頑固」です。



孫権が遥か北方、遼東の公孫淵に使者を派遣しようとした時のこと。
呉において政治面で発言力を持つ張昭が大反対しました。

公孫淵が呉の配下になりたいと申し出ていたのですが、
公孫淵は心変わりしかねないとして、
使者を派遣して位を与えてやることの無駄を説きました。

孫権は張昭に反論しましたが、張昭は自説を曲げる様子を全く見せません。
仕舞いには孫権も腹が立ってきて、けんか腰になってしまいました。
張昭は、自分はただただ忠心から苦言を呈しているのだということを切々と話すと、
孫権は自分を支え続けてくれているこの忠義な老臣に、感動の涙を流しました・・・


話はここで終わりません。

結局、孫権は公孫淵に使者を送ってしまったのです。
これを聞いた張昭はご立腹です。
病気と称して自宅に引き篭もってしまいました。

孫権は孫権で、そんな張昭の行動が気に入るわけもなく、
あろうことか張昭の家の門を塞いでしまいます。
張昭は負けじとばかりに、内側から門を土で固めて封鎖してしまいました。

そんな頑固者二人の応酬の中、
公孫淵が孫権からの使者を殺害したという知らせが入ったのです。

自らの誤りを認めた孫権は、張昭に詫びを入れました。
しかし、張昭は幾度詫びを入れられても出てこようとしません。
そこで孫権は直接彼の家の前で呼びかけましたが、それでも返事がない・・・
ついに業を煮やしたのか、張昭の家の門に火をつけました。
それでも出てくる気配がありません。

さすがに孫権はすぐに火を消させましたが、しばらく門の前でたたずんでいました。
すると、張昭の息子たちが張昭を抱えて出てきました。
孫権は張昭を宮中につれて帰ると、深く深く謝罪しました。
そこまでされた張昭は、それ以後参内するようになりました。



「頑固者」というのは、実は張昭も孫権も両方なのです。
子どもの喧嘩かと思うくらいの意地の張り合いですね。

孫権からすると、張昭は自分の親以上に歳が離れており、
事あるごとにご意見番のように口うるさく苦言を呈するので、
正直煙たい存在であったはずです。
兄のような存在で対外政策に積極的な周瑜の方がよっぽど話しやすかったでしょう。

若い孫権は自分で判断して自分で国を運営していきたいという気持ちがあったと思いますが、
それでも、若さゆえの過ちを犯さないために、
豊富な経験に基づいて、主君に真っ向から異見を述べた張昭がいたからこそ
大きく判断を誤ることなく呉の国は回っていたような気がします。
頑固親父というか頑固じじいとうか、
こういう存在も必要なのでしょうね。

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コメント

名コンビ

どうも頑固さにには自信のある關龍白です。(笑)

孫権と張昭っていいコンビですよね。
孫権は酒などで失態をやらかして張昭がお灸を据える。
それで呉は国を保ってたのですね。
張昭の死後孫権を強諫できる人物がいなくなったから二宮の変などが起きたんですよね?
ご意見番といいますか後見人というのは大事ですね。
そういえば張昭って孫堅とほぼ同い年でしたね。

年齢

今調べたのですが、確かに張昭と孫堅って同年ですね。
孫権はそれほど孫堅の晩く生まれた子でもないので、
張昭はそれほどの爺さんでもないですね。
完全に私のイメージでした(汗

暴走しないための調整役というのは必要です。
組織は推進力だけですと崩壊しますからね。
でも哀しいかな、この調整力というのはなかなか評価されないんですよね。

イメージ

張昭はどうしても年寄りのイメージが強いですよね。
張昭に限らず結構イメージに捕らわれがちですよね。
イメージって怖いですね。

調整役は足を引っ張ってるように見えるんでしょうね。
それを理解できる人間になりたいものです。

趙雲なんかは

逆に若武者のイメージが一般的ですね。
横光のは違いますが(笑)

張昭がいれば・・・

こんちわ~トトオさんのところから飛んできました。

張昭って確かに頑固爺さんってイメージですよね。

だけど、皇帝になって狂い始めた孫権を抑えられたのは張昭だけだったと思います。もし・・・張昭が生きていれば、二宮の変の時に絶対、孫覇の宮殿に火を放ったかと思うんですが(爆

謝々!

孫登さん、コメントありがとうございます。

仕返しですか?!
手に負えない頑固爺さんですね。孫権の上を行けるのはホントに彼ぐらいですね。

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