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仇討ちの季節 

本当は12月14日に書こうと思っていたのですが、
生憎時間がとれなかったので、今日書きます。

12月14日といえば、言わずと知れた赤穂浪士討ち入りの日です。
一般的には大石内蔵助を筆頭にした四十七士の仇討ちが、
主君への忠義として称賛されてきた事件です。
「これを見なければ年末の気がしない」というくらい、
毎年多くの日本人がこの決まりきったストーリーを観ています。

そこで今回は三国志の「仇討ち」に関するエピソードを紹介して、
賛美の的になる仇討ちについて考えてみましょう。
今回は非常に重い問題ですので、ちょっと長いですよ。



孫策、孫権の弟である孫翊は側近の辺鴻に殺害されました。
その黒幕には、同じく孫翊の部下であった嬀覧と戴員がいました。

辺鴻はすぐに捕らえられて処刑されましたが、
嬀覧と戴員は罪を全て辺鴻にかぶせ、役所で幅を利かせるようになったのです。
嬀覧は孫翊の妾から侍女までを次々と自分のものにし、
あろうことか正妻の徐氏にまで手を出そうとしました。

嬀覧の接近を正面から拒絶することに命の危険を感じた徐氏は、
夫の喪に服していることを理由に時間稼ぎをする一方で、
孫翊の古くから部将で信頼の厚かった孫高や傅嬰に連絡を取り、
復讐のための計略に力を貸してほしい旨を伝えました。

孫高と傅嬰は、
「主君の不本意な死を聞き知ってから今まで生きながらえているのは、
無益に自害するのではなく、事態を打開する謀をめぐらせていたからです。
このたびのお言葉は我らが日夜思っていたことです。」
ということで、復讐を誓ったのです。

喪が明ける当日、徐氏は喪服を脱ぎ嬀覧を招き入れました。
部屋の中には侍女に混じって孫高と傅嬰が待機しています。
何も知らない喜色満面の嬀覧が入ってくると、
徐氏の合図とともに孫高と傅嬰が躍り出て、
あっという間に嬀覧は討ち殺されたのです。

時を同じくして、戴員は別の場所で殺されました。
徐氏は再び喪服を着ると、二人の首級を孫翊の墓前にささげました。

この復讐劇は拍手で迎えられました。
孫高と傅嬰は出世し、仇討ちに加担した者には褒美がくだされ、
その一族に至るまで称賛されたのでした。



忠臣蔵は主君への忠義に基づく復讐ですが、
今回は夫への節操を貫いたエピソードをご紹介しました。
三国志にはこの他にも数多くの復讐に絡んだエピソードがあります。
今回登場した孫翊の兄である孫策は、復讐により殺害されていますし、
孫権もまた、父の仇である黄祖を討ちました。

臥薪嘗胆の故事が示すとおり、復讐劇は日本より中国のほうが激越です。
その執念深さは現代日本人には理解しがたいほどです。
しかし、復讐が称賛されることはある意味で自然なことではないかと思うのです。

危険を冒してまで復讐するというのは、
裏返せばそれだけの愛情があるということです。
愛する者が殺されれば誰もが悲しみます。そして怒ります。
賛美される復讐は、深い愛ゆえの結果なのです。



推理ドラマやアニメなどの殺人事件はたいてい怨恨で、
主人公の刑事やら探偵やらが
「そんなことをしても亡くなった○○さんは喜ばない」
とお決まりの台詞で説き伏せると、
殺人はハッとしてはらはらと涙を流しますね。
しかし、これが江戸時代なら、古代中国なら、亡くなった人は喜ぶのです。
少なくとも喜ぶ、浮かばれると思われていたわけです。
「復讐はいけない」というのは近代法治国家の一つの価値観にすぎません。

孫翊の妻・徐氏のエピソードを聞いて、彼女のやり方は間違っていると思いますか。
「復讐はまた新たな復讐を生むだけだ」というのは、いかにも正解です。
社会の秩序を保つためには正当な理屈だと思います。
しかし、それが当然と考えられている現代日本において、
仇討ちを称賛する忠臣蔵が脈々と語り継がれている事実があるのです。

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コメント

追記

復讐が自然な感情の発露であるならば、
復讐によって幸せは手に入らないというのもまた事実だと思います。
我々はいかにすべきなのでしょうか。

お疲れさまです

敵討ちは東洋では儒教の影響が大きいんでしょうね。
敵討ちが行われるのは親や主君が殺された場合ですから。
いきすぎですが曹操が徐州でホロコーストを行ったのも本はと言えば陶謙への復讐ですしね。

復讐しても喜ばない・・・亡くなった人によるかもしれませんが自分のために親しい人が殺人者になるのは嫌ですよね。

人が病気や老衰以外で死ぬことはそれ自体が間違っているのでしょうね。
復讐が復讐を呼ぶマイナスのスパイラルは何も生み出しませんね。
その時の感情に流されるのは動物です。
人である以上、冷静に思考し復讐の虚しさに気付き感情を制御すべきでしょう。
そして裁判の結果にしたがうべきでしょうね。
ただ人が人を裁くことじたい問題ではあるのでしょうが・・・。

考えが巧い事纏まらなかったです。
なんか滅茶苦茶な駄文で申し訳在りません。

忠臣蔵は足利尊氏からはじまる名門の出である吉良上野介へのやっかみもあるんじゃないかなと思ったりします。
ある意味イジメですよね。

そういえば高校の時に赤穂浪士の子孫が居りましたが、月日は残酷です(笑)

えと左のランキングの「ブログ王」をクリックしても「ブログの惑星」へ飛ぶのですがこれは仕様ですかね?

だれもかれも

關龍白さん、コメントありがとうございます。

劉備も関羽の仇討ちを壮大にやったわけですから、
三国志は復讐劇だらけですよね。

>人が病気や老衰以外で死ぬことはそれ自体が間違っているのでしょうね。
そうですね。しかし、あまりに人為的な所作で死んでしまうことが多い。
戦争なんてその最たる例ですよね。
そして、その怒りと悲しみの深い深い感情が爆発して、
復讐劇が国家単位、民族単位で繰り広げられるとどうなるか・・・
イスラエルとパレスチナを見ればよく分かります。

復讐はいけません。
ただ、「いけません」と棒読みすることも
同じくらい私は嫌いだというのを表現してみました。


吉良上野介は実は英邁だったと聞きます。
赤穂浪士が持て囃されたがために、毎年首を斬られるなんて災難もいいところです。


>「ブログ王」をクリックしても「ブログの惑星」へ飛ぶ
仕様ではございません(汗
修正をしておきました。ありがとうございます。

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