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水魚の交わり
- 故事成語
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前回は復讐というテーマでしたが、
今回は一転して親密な人間関係の話をしましょう。
かの有名な三顧の礼によって諸葛亮を招聘した劉備は、
日に日に諸葛亮に信頼を寄せ、親密な間柄になっていった。
この様子を見ていて面白くないのは、関羽と張飛である。
旗揚げのときから劉備とともに共に辛酸を舐めてきた弟分としては、
新参者にお株を奪われたようで機嫌も悪くなろうというもの。
おまけに劉備よりずっと年下の若造ときているから尚更である。
そんな不満気な二人をなだめて劉備は言った。
「魚には水が必要なのと同じように、
私にとって孔明は必要不可欠な存在なのだ。」
これを聞いた関羽と張飛はそれ以上は不満を口にしなくなった。
以降、この劉備と諸葛亮のように親密な間柄を「水魚の交わり」と称すようになった。
大変有名な熟語なので、これ以上の解説の必要はないかと思います。
水と魚、とはなかなか興味深い喩えです。
たしかにエラ呼吸する魚にとっては水はなくてはならないものです。
しかし、逆は必ずしも真ならず、
水にとってみれば魚がいるかいないかは別にどうでも良いことなのです。
現代では単に「親密な間柄」としての意味しか捉えませんが、
実は水と魚は同等の関係にあるわけではないのです。
劉備は、自身を魚に諸葛亮を水に喩えています。
劉表の保護の下、方寸の拠点となる土地も持たざる劉備にとって、
天下の覇権を争うためには戦略眼のある有能なブレーンが必要でした。
一方の諸葛亮は、それまで戦火を免れてきた荊州の地で
晴耕雨読の自適な生活を送っていました。
出世できるかは別として、仕官をしようと思えば曹操でも孫権でも良かったわけですが、
諸葛亮は敢えて弱小勢力の劉備に人生を賭けたのです。
劉備が二人の関係を水と魚に喩えたのは、
実に言い得て妙だなとつくづく思うわけです。
そしてこの言葉からも、劉備が三顧の礼にいかに熱意をこめたかが窺えます。

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- [2006/12/18 23:31]
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コメント
水を得た魚
という表現もあることですしまず水ありきなんですね。
とはいえ劉備はあまり諸葛亮を重用してないようにも視えるんですよね。
明の洪武帝・朱元璋もそうでしたが、劉備は貧しい出で学がないので実はインテリが嫌いだったのかなとも思います。
ところで関羽と張飛の二人は納得してないでしょうね。
むしろ呆れたんじゃないかと思ったりします。
三顧の礼は
実はなかったんじゃないのか、という説もありますしね。
裴松之はあるとんだと断固主張しておりますが・・・
あって欲しいというのが人情というものです。
インテリ嫌い、というかコンプレックスみたいなものはあったかもしれませんね。
陶謙配下の陳珪・陳登親子は劉備にはついて行ってないですし。
そこを克服した時に彼の道は開けてきたと考えることもできると思いました。
関羽と張飛はこの時点ではまず納得してないでしょうね。
史書にも「それ以上言わなかった」と書いてあるだけですから。
演義でも博望坡の戦いで、張飛の不満を宥めすかす諸葛亮が描かれていますしね。
例えば、どんな事で『これは水魚の交わりだ』と言うのですか?
コメント、ありがとうございます
普通は非常に親しい友人同士のことを指す言葉だと思います。
ただ、上述の水と魚の関係性を厳密に捉えると、
困ったときにいつでも相談に乗ってくれる親友など、水魚の交わりと言えるでしょうか。
ただ、親密な関係というのはお互い様なので、
「自分にとって相手が必要」なことは、相手にとっても同様である場合も多いと思います。
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