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二君に仕えず 

最近は企業への忠誠心ということは喧しく言われませんが、
企業と従業員の関係は、君主と臣下の関係に譬えられます。
厳密に言えばこの関係は同列に見ることはできないはずです。

企業は企業自身の利益追求が目的ですが、
君主は安定した政治を執ることが本来的な目的であり
そのことだけ考えても相違点が見つかります。
私は専門家ではないので感覚的な話で恐縮です。

それはともかく個々人の幸福追求が当然のこととなっている昨今では、
忠誠心という言葉は、暑苦しい感じがしてあまり流行りませんね。
奉公滅私という言葉も死語に近づきつつある気がします。

前置きが長くなりましたが、
今回は敢えて忠義心溢れるエピソードを見ていきましょう。



蜀郡の張任は貧しい家柄の出身だが、
豪胆勇敢で志操堅固な人物として知られていた。

劉璋に仕えていた彼は、
蜀の征服を目指す劉備軍を涪で迎え撃った。
だが、敗走して雒城まで退却。今度は雁橋で戦った。

そこでも敗れた張任は生け捕りにされてしまう。
張任の忠勇の評判を聞いていた劉備は、彼を降伏させようとするが、
「老臣はいくつもの君主に仕えたりはしない!」
と張任は言い放った。

やむなく殺したが、劉備はその死を惜しんだという。



単純に読めば、忠臣の鑑として賛美すべき寓話です。
忠義の話には事欠かないので、ここでは別の観点から味わってみたいと思います。

忠義を貫くことが尊いことかどうかは置いておいて、
彼の態度には一貫性がありますから、
人々は彼を良き武将として評価するのでしょう。
それは降伏した場合にも当てはまると思います。黄権が良い例です。

もう一点、注目したいのは降伏を突っぱねる張任の言葉です。
「忠臣」ではなくて「老臣」なんです。
この時、張任が何歳だったのかは不明ですが、
もし老い先短いと考えられるような年齢であったならば、
いっそここで潔く死んだ方が良かろう、という思惑が働いたのかもしれません。

ただ「老臣」という単語が、
単に年配者の家臣という意味だけではなく、
長く仕えてきた(=忠義を尽くしてきた)家臣
という意味も含んでいるのかもしれません。
もしかして単なる一人称の可能性もありますし、予断はできません。
うーん・・・調べてみることにします。


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コメント

老臣

「老臣」ですが、史記その他の史書で台詞として出てくる場面では「役に立たない」という謙遜の意で使われてますね。(王翦、侯贏、張讓など)
推測ですが張任は貴方の役に立つつもりは無いという強い意思を込めて老臣と言う言葉を使ったのかもしれません。
それゆえ劉備も諦めたのかなと思います。

なるほど

ありがとうございます。

先ほど調べてみたのですが
三国志の中では、崔琰、毛玠、王朗らが上奏する時に
自らを遜って使っているようですね。
ちくま文庫の三国志では、「老臣」に「やつがれ」というルビをふっています。

老臣とかは結構偉いんですよ!笑

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