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死せる諸葛、生ける仲達を走らす 

その比類なき神算鬼謀は死後にも及ぶ・・・
諸葛亮の神気が表現されている、
十八史略にも載っている有名な一節です。



四度目の魏への北伐を敢行した諸葛亮であったが、
志半ばにして司馬懿と対峙したまま五丈原で陣没する。

総指揮官を失った楊儀らは兵をまとめ撤退を始めた。
「諸葛軍、退却す」の報を聞きつけた司馬懿は直ちに追撃を開始する。
だが、蜀漢の将兵は落ち着いていた。
姜維は楊儀に命令して軍旗を翻し、太鼓を打ち鳴らさせて威嚇。
いまにも司馬懿の軍に向かってきそうな姿勢を見せた。
この様子を見た司馬懿は追撃をやめて退却したのである。

司馬懿の追撃を退けた楊儀は、
自軍が十分に引き上げて後に諸葛亮の喪を発した。
司馬懿が、指揮官を失っていた軍を前に退却したことから、
「死んだ諸葛が、生きている仲達(司馬懿)を敗走させた」
と、人々は語り草にしたという。

それを聞いた司馬懿は言った。
「私は生きている者の品定めはできるが、
 死者を量るのには慣れておらんよ」



民衆の言葉は、死後にも威力を発揮する諸葛亮の神気と
死んでいるはずの諸葛亮に恐れをなした司馬懿の怯懦ぶりを表現したものでしょう。

しかし、司馬懿が追撃を止めたのは
整然たる敵軍の威容を確認したためであって、
諸葛亮が生きているかもしれないことを恐れたわけではないのです。
突然撤退を開始したということから、
敵軍内で何らかの異変があったことを推測しての追撃命令だったわけですが、
敵に付け入る隙が見られないようなら強いて戦いを挑む必要はありません。

この戦いにおける司馬懿の役割は諸葛亮の北伐阻止であり、
そのための有効戦術は徹底した持久戦でした。
司馬懿はその役目を遺憾なく果たし、
必要以上の余計な行動も慎んだと評価できるでしょう。
一方の諸葛亮も、おそらく自分の死後の処理を姜維や楊儀に言い含め、
混乱を招かず兵を損なわずに撤退させたと思われ、
両者ともに称賛に値する働きであったと言えます。

しかし、民衆は諸葛亮の偉大さを中心に評価を下し、
死後の業績までもが称えられました。
これには、生前の諸葛亮を「天下の奇才」と評価した司馬懿も
苦笑するしかなかったのではないでしょうか。



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司馬懿の言葉の真意は、私なりの解釈をしてみました。
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