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移転は先延ばし 

先日の記事で、このブログの移転作業を計画中であるとお知らせしましたが、当面移転は中止してこのまま続行することにします。
移転したいと思った理由は、独自ドメインを取得したいことと、より詳細にカスタマイズしたいということでした。そこで現在レンタルしているサーバにインストールしているMovable Typeで管理したかったのですが、設定に凝っているうちに更新作業ができない状況は良くないと思いました。

どうやらデータの移管は問題なく出来るようなので、しばらくはこのfc2ブログで更新作業を進めながら、並行して移転作業も行いたいと思います。

ということで今回は、「移転中止」というテーマで話をしたいと思います。



劉備が漢中王に即位した頃のことである。
前将軍に任命された関羽は、天下三分の要の地である荊州を守っていた。

軍の専行権を持った関羽は、積極的に曹操陣営に攻撃を仕掛ける。
関羽の攻撃を受ける樊の曹仁に対して、于禁が救援として駆けつけたが、
折りしも降り続いた長雨によって氾濫した漢水に水没してしまう。
やむなく于禁は降伏、同軍に従軍していた龐悳は斬首、関羽軍の勢いは増長していった。

このときの関羽に対する曹操の危機感は、
献帝の住まう都(許)を遷すことまで検討するほどであった。
だがこの懸念は司馬懿と蒋済の進言により構想止まりとなった。
彼らは、荊州の領有問題を巡って関羽とわだかまりを抱えている孫権をけしかける策を提言。
外交手段で関羽を撃退する方法を示した。

果たしてその策は功を奏し、関羽は敗北して孫権に斬られた。
曹操の遷都計画は取り越し苦労に終わったのである。



後世の私からすれば、終始劣勢に立たされている劉備蜀漢軍が、
一時期でも曹操に遷都を考えさせたほど勢いに乗っていたのはあまりピンと来ません。
正史関羽伝には「華夏(中原)を威震させた」とありますので、
関羽の評判が特に轟いた時かもしれません。

私がここで注目したいのは、弱気になった曹操を司馬懿と蒋済が励ますことです。
これ以前にも曹操が弱気になっている場面は、史書に描写されています。
陳宮の叛乱、官渡の戦いなどの艱難に挫けそうになるたびに、
荀や程らの重臣に励まされて立ち向かう曹操の姿は人間ドラマとして面白いところです。


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ということで、私もめけずに更新を再開します。
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コメント

詩人

曹操の弱気は詩人としての一面なんでしょうかね。
そこが魅力なのでしょうけど。
それにしても曹操は優れた補佐に恵まれてますね。

なるほど。
短歌行も単なる野心溢れる意気込みではなく、大事業達成を輔けてくれる家臣を求める気持ちの切実さを詠っていますね。

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