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市民に危害を加えず 

死者の魂を呼び戻すお盆という習慣を持った日本において、
ちょうどその時季に多大な犠牲者を出した先の大戦の終結が重なるということに、
浅からぬ因縁を感じずにはいられません。

毎年8月はテレビでは戦争関係の特集番組が放送されますが、
戦後60年を経過していよいよ戦争経験者が少なくなり、
また2001年以降テロの恐怖がしきりに喧伝されたこともあり、
近年は特に人々の関心が高まっているのを感じます。

戦争とテロの決定的な違いは、以下の点に尽きるでしょう。



孫静の子の孫皎の話である。孫皎は孫権の従弟にあたる。
程普の後任として夏口の軍隊を指揮し、曹魏との攻防を繰り返した。

ある時、偵察に出した兵士が魏の辺境地帯を守備する部将や官吏の美女を攫って来た。
孫皎は彼女らの衣服を新しいものに取り替えて送り返してやった。

それと同時に以下のような命令を出した。
「我々が討伐しようとしているのは、曹氏なのであって、民衆には何の罪もない。
以後、老人や子どもに危害を加えてはならない」

これにより、長江から淮水にかけての地域では、
多くの民衆が彼の元に身を寄せてきた。



殺し合いとはいえど、戦争には最低限のルールがあります。

孫皎はこの布告を出すことによって、民衆の支持を得ると同時に、
敵将・敵兵の敵愾心を殺ぐ意図もあったかもしれません。

現代でも「民間人に手は出さない」という原則が、
世論へのアピールポイントであり、その正当性を主張する前提になりますね。
しかし、人単位で攻撃対象を選べない兵器戦となってしまった現代では
何が国家の戦争で何がテロなのか曖昧に思われます。

感覚的には国家がやっていれば戦争で、
国際的に認められない戦闘・破壊行為がテロという区分がなされているように思います。

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コメント

徐州にて

曹操がホロコーストを行ったのと対照的です。
そういえば呂蒙も対關羽戦で民の傘を奪った兵を処罰して民衆を慰撫してました。
名将と呼ばれる人はやはりそのあたりは心得ているのでしょうね。

曹操の徐州戦を失念していました。確かにあれは戦争ではありません。

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