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最後まで責任を持て 

今さら参院選の話になるのですが、
選挙ポスターのキャッチコピーって往々にしてセンスないと思いませんか。
だから又吉イエスなんかのポスターがインパクト最強になっちゃうんですよね。

そんな中でも最も違和感を抱いたのが、
「未来に責任も持つ政治」
っていうコピーです。
是非、そう願いたいですね。
是非、過去の政策にも責任を持ってくださいね。



董卓が都を制圧していた頃、
華歆は乱を避けるために長安から脱出して、鄭泰ら数人の仲間とともに間道伝いに武関を出た。

道すがら独りで旅をする男に出会った。
治安が悪化している中での単独行動は危険な状況である。
男は華歆らの一行に同道したいと願い出た。

男を哀れに思った鄭泰らは連れて行こうとしたが、華歆はこう反対した。
「この旅は危険な旅なので、一度事が起これば運命を共にする友誼が必要だ。
もとより志を同じくする我々ならいざしらず、
初めて知り合った他人を仲間に入れても容易に友誼は望めまい。
かといって、一旦受け入れてしまえば、途中で見棄てることなどできない。」

華歆の反対にもかかわらず、断るのに忍びなく彼らは結局連れて行くことにした。
ところが道中、この男は井戸に落ちてしまったのだ。
鄭泰らは足手まといになってしまった男を放置して先を急ごうとした。
ここで再び華歆が反対する、
「あの男は、もう我々の連れになのだ。
途中で見棄てるのは道義に反する。」

そこで彼らは引き返して男を井戸から引き上げてやり、
その後で別れを告げた。



卑近な例を挙げれば、一度飼ったペットは最後まで責任を持って面倒をみるべし、
なんてことがあるかもしれません。

「責任は最後まで持て」と題しましたが、
私はむしろ「安易な情けをかけるな」ということを強調したいですね。

目の前の事物に対して「かわいそう」と思うのは簡単ですが、
手を差し伸べておいて途中で引っ込めてしまうようでは、
何もしないより相手を不幸にしてしまいます。
それは他人への思いやりのようでいて、実は何の思いやりにもなりません。
哀れみを掛けてあげる自分に酔っているだけとも言えます。

本当に相手のことまで慮るならば、
道義的に必要な限り助けてあげられるかを冷静に考える必要があります。
どこまでが道義的に必要かは別に議論する余地がありますね。

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あ、冒頭の選挙ポスターの話はあんまり関係ないです。
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コメント

同情することは

実は相手を見下すことなんですよね。
それが解ってない人が多いです。

それにしても華歆は正史と演義でキャラが違いすぎですね(笑)

いやはや、まさにその通りですね。
自分より上だと思う人に対しては、
心中をお察し申し上げるくらいしかできません。
助けて"あげる"、というのはそういうことですね。

正史では立派な人物ですよね、華歆は。

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